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東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)4009号 決定

申請人 藤岡温

被申請人 財団法人 愛世会

主文

被申請人が昭和三十年一月三十日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、申請の趣旨

被申請人が昭和三十年一月三十日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。被申請人は申請人の就業を妨害してはならない。被申請人は申請人に対し賃金その他の労働条件につき従前の待遇を不利益に変更してはならない。との裁判を求める。

二、当裁判所の判断の要旨

(一)  申請人は医師で昭和二十七年三月七日被申請人より期間の定めなく雇傭せられ、爾来被申請人経営の愛世病院に勤務してきたところ、被申請人は昭和三十年一月三十日被申請人理事長鹿毛俊吾名義をもつて人事に関する規定第四条第一号により申請人を解雇する旨の意思表示をなしたこと。以上の事実は当事者間に争いない。

(二)  申請人は右解雇の意思表示は、被申請人が職員の任免に関して定めた「財団法人愛世会人事に関する規定」に反するもので無効であると主張する。

疏明によれば、被申請人財団においては、職員の任免に関しては「財団法人愛世会人事に関する規定」によつて運営されており、右規定第四条によれば、職員にして一、理事会の意図に反する行為ありたるとき、一、著しく職務を怠りたるとき、一、本会所定の諸規則に反しその他著しく本会の体面を汚す行為ありたるときのいずれかに該当するときはその情に応じ譴責、減俸、解職の処分を行うとされていることが認められる。

そして被申請人が職員に対して右規定に基づいて解職を行う場合には規定の趣旨に従い客観的妥当性を保有しなければならないのであるから、その意味において解雇権を制限したものと解すべきであり、従つて、右規定による解職が客観的な妥当性を欠き右の規定に反するときはこれを無効としなければならない。

ところで被申請人は、被申請人が昭和二十九年十一月一日その経営する愛世病院内科部長に松田正尚を任命したところ、申請人は内科医長であつたに拘らず内科部長であると称してこの人事に反対し、松田正尚に対する協力を拒否したのであつて、申請人のこの所為は右規定第四条の「理事会の意図に反する行為ありたるとき」に該当するから同条によつて解職の処分を行つたものであると主張する。

そして右にいう理事会の意図に反する行為とは、理事会の正当な意図に反する行為の故に解雇に価すべき客観的妥当性を有する場合を指すものと解しなければならないので、この見地から、右に該当する事実の存否について考える。

疏明によれば、被申請人が昭和二十九年十一月一日愛世病院内科部長松田正尚を任命したので、松田は出勤し診療に従事しようとしたところ、従来内科医長の職名を有し事実上内科の責任者であると信じていた申請人と紛議を生じ、次で十一月六日医局会議の席上において右問題を討議した際にも申請人は部長と医長との区別はなく自己が内科部長であると主張して譲らなかつたので松田との間に激論となり、結局松田は宮下院長の勧告により、申請人に対し正式の辞令の出るまで待機することとしたのであるが、被申請人が十一月二十九日申請人に対し書面により内科医長の辞令を発し(その以前には書面による辞令を出していない。)松田に出勤を命じたけれども、申請人は松田が内科部長であることを承認せず、その受入れを拒否した。

そして松田は出勤しても申請人その他の医職員から白眼視され、協力を拒まれたので診療に従事することができず依然として対立抗争の状態を続け、その後も昭和三十年一月二十八日古賀副院長を通じ申請人に対して診療の打合せを求めたが拒否され、さらに翌二十九日医局で申請人に対し協力を求めたところ、申請人はこれをも拒絶したことが認められる。

右事実によれば、申請人は被申請人の人事に関する命令に反対の意思を表明し、被申請人の任命した内科部長松田正尚に対する協力を拒否したのであるから、一応前記規定第四条の理事会の意図に反する行動ということができそうに見える。

しかしながら疏明によると、愛世病院は委託会社から病床設備資金を借り受け、これに優先的に入院させるいわゆる委託ベツトの方式により昭和二十七年二月十一日開院されたが、当初外科の責任者には外科部長として古賀富夫を当てたけれども、内科の責任者として適当な医師を得ることができなかつたので、院長三浦孚は理事長鹿毛俊吾と協議の上、委託会社に対する関係と病院の寄附金を集める都合上相当の経歴ある医師を名義上の内科責任者として招くこととし、三浦にとつて大学の先輩でありかつて赤十字病院の院長の経歴を有する多々見徳元と交渉してその旨の諒解を受け、同人は開業をしていることでもあり内科の責任者として、毎日出勤することもできないので、院長の相談相手即ち顧問として隔日出勤で差支えないこととし、なお報酬は他の職員と異り本俸を定めず手取額を支給したこと一方内科の責任者には東京大学美甘内科に適任者の推薦を懇請し、その結果医師高木某が内科の責任者として採用されたが同人は間もなく辞任したので更に美甘内科からの推薦により申請人が昭和二十七年三月七日内科の責任者として採用されるに至つたこと、愛世病院の職制は三浦の発案により定められたものであるが、一般に病院の職制は内科部長があれば内科医長はなく、内科医長があれば内科部長はない従つて内科の責任者は部長とも医長とも呼んでいるのであつて、愛世病院では外科には部長を置いて医長を置いてないけれども内科については前記のように院長と同格又はそれ以上の経歴を有する有力者を名義上の内科の責任者とする関係から、外部関係者に対しては多々見を内科部長と表示し、事実上の内科責任者である申請人を内科医長と称したに過ぎないこと、従つて多々見は自己が職制上どのような地位にあるかについて全く関心なく同人の辞任後は名義上の内科部長の後任者の選任はその必要がないためそのまま放置していたこと、申請人は内科責任者として雇傭されたのであるけれども従前の関係から内科医長と称せられていて医長と部長とはその区別ないものと信じ、事実上内科の責任者として待遇され勤務してきたことを認めることができる。

もつとも疎乙第一、第二、第十、第十一、第十二、第十三、第十四、第十五、第十八、第十九、第二十号証によれば、内科の職制として内科医長の上に内科部長の職を定めているように見えるけれども、右は前記の通り開院の際の対外関係の体裁上内科部長の名称を設けたに止り真実内科医長の外に内科部長の職制を設けその職務を担当する職員を雇傭する意思でないものと認めるのが相当であるので、この点に関する被申請人の主張を認める資料とすることはできないし、右認定に反するその他の資料は採用できない。

右事実によれば愛世病院の内科に関する限り職制上内科医長の外に内科部長なる地位はなく、両者は結局内科責任者たる地位において同一のものといわなければならないのである。

ところが疎明によれば、被申請人の理事者側と三浦院長以下病院側の医職員との間に病院の運営方針等について意見の対立を生じさきに三浦院長の解職に端を発してその対立は益々深刻となり理事者側は三浦院長の退職後も病院側職員の抑圧に苦慮していたところ、その首脳者と目される従業員組合の執行委員長である申請人の発言力を滅殺するため、内科の職制に名義上の内科部長があつたので、前記のとおり内科の責任者として新たに松田正尚を内科部長に任命したものと推認するのが相当である。

してみれば被申請人が申請人を内科の責任者たる地位より降格させ松田内科部長をその責任者としその下にあつて同人に協力させようとする意図は到底正当なものということはできない。そればかりではない。疏明によれば愛世病院従業員らは、給与体系の不備、宿舍、衞生施設の不完全であることに不満をもつてこれを改善すべく、昭和二十八年八月一日、愛世病院従業員組合を結成し、院長等を通じて理事者側に改善要求をなしてきたが、昭和二十九年四月三浦院長の解職問題が発生し組合もこれを不当として理事者側と争つてきたが、申請人も組合員として三浦院長の復職の交渉にもあたり昭和二十九年十月以降は執行委員長となつて申請人が組合活動を左右する実力をもつていることを被申請人理事者側が嫌忌していたことが認められるので、この事実と申請人に対する前記降格の措置が格別の合理的根拠が明らかにされないことと併せ考えると右の措置は組合運動の故に差別的取扱として申請人を降格させ、もつて申請人の組合活動を封じようとした意図を看取するに難くないので不当労働行為といわなければならない。

してみればかような被申請人理事会の不当の人事に反対することは非難すべきこととは言われないばかりでなく、申請人は松田部長の診療に積極的に妨害したことについては疎明はなく、唯、松田の指示を受けることを拒否したにとゞまるのであるから、申請人の前記所為は「理事会の意図に反する行為ありたるとき」に該当するものということはできない。したがつてその他の争点について判断するまでもなく、申請人に対する解雇の意思表示は無効である。

三、しかして、右解雇の意思表示が無効であるにも拘らず、これを有効のものとして被申請人財団職員たる地位を否認せられたまま右の意思表示の無効であることの本案訴訟の確定を俟つことは申請人にとり著しい損害であると言わねばならないから、右の意思表示の効力を停止する仮処分命令を求める本件申請は理由がある。しかして申請人は就労妨害及び労働条件不利益変更禁止の命令をも求めているけれどもこれについては被申請人の任意の履行に期待するをもつて足りるから、被申請人の申請人に対する右解雇の意思表示の効力を停止する命令をもつて相当とする。よつて、申請費用については敗訴の当事者たる被申請人の負担とし主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 三好達)

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